速くなる人は、あえて休む
高橋尚子さんが語る、成長の法則と心拍活用術
Vol.2のサマリー
高橋尚子さんが語る、怪我を防ぎトレーニング成果を最大化するための「心拍活用術」と「休養の考え方」。毎朝のコンディション把握から、伸び悩むランナーと伸びる人の決定的な違いについて教えてくれました。
【目次】
大切なのは、自分の体の声に耳を傾けること。
【ポラール (以下P)】やりすぎてしまったと感じた経験はありますか?
【高橋 (以下T)】やりすぎてしまうことは、現役時代はありました。でも、やりすぎると必ず何らかの反応が出てくるんですよね。
一番ダメだなと思うのは、やりすぎて痛みが出ることです。体のどこかに痛みが出てしまう。疲労骨折は少なかったのですが、疲労がたまって出てきたものだったり、慢性的な痛みだったり、シンスプリント※1の痛みだったり、そういった痛みが出た時には、やりすぎてしまったなという感覚になります。寝るとたいていは回復していくものなんですけれども、年齢を重ねると疲れが取れにくくなることもありますよね。毎日の生活の中で疲れがなかなか抜けないと感じた時は、「昨日ちょっとやりすぎたかな」という判断になります。
ただ、現役時代はわざとやりすぎた状態をつくることもありました。疲れが残った状態で翌日の練習をこなして、30キロ以降の苦しい場面を想定したセット練習のようなこともしていたので、疲れが残ること自体が悪いわけではないんです。
大切なのは、それが計画の中で意図してつくった状態なのか、それとも自分が想定していない疲労なのかということです。計画通りに疲れを残しているのであれば問題ありません。でも、気づかないうちに疲れがたまっていたり、回復が追いついていなかったりする場合は注意が必要です。
その判断をするために、私は毎朝心拍数を測っていました。起きてベッドから出る前に、その日の状態を確認するんです。当時は今のような高機能な時計がなかったので、自分で手首に触れて脈を測っていました。
まずは朝一番に、その日の状態を確認する。そうすると、自分の体の変化が分かるんです。
私の場合は、安静時心拍数がだいたい一定の範囲に収まっている時は、「今日はしっかり疲れが取れているな」「体がよく動きそうだな」と感じられました。一方で、普段より心拍数が高い時は、「昨日の疲れがまだ残っているな」と判断していました。
そういう日は、練習前に少し長めに体をほぐしたり、準備をしっかりして、けがを防ぐための対策を取ることができます。
だからこそ、毎日の状況を確認することが大切なんです。自分の調子を事前に把握できれば、それに合わせた準備ができます。
私の場合は朝起きた時でしたが、同じタイミングで毎日何かを計測しておくと、自分の体調の変化に気づきやすくなります。そうやって自分の状態を知ることが、やりすぎを防ぐためにもとても大切だと思います。
今でも現役時代と同じように、朝起きたらまず心拍数や睡眠の状態を確認しています。今はポラールの時計があるので、自分で脈を取る必要もありませんし、睡眠も自動で計測してくれるので、毎日の体調の変化を把握するのにとても助かっていますね。
※1 シンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)とは、ランニングやジャンプを繰り返すことで、すねの内側の骨(脛骨)を覆う骨膜に痛みが発生するスポーツ障害のこと

休むことも、強くなるための練習。
【P】一方で、頑張りすぎなかったことで伸びた経験はありますか?
【T】どうしても、練習したい、強くなりたい、やればいいんだという思いが先立ってしまって、ついつい毎日頑張りすぎてしまっていました。でも一方で、休養日をしっかり作ることで体が回復し、その後にタイムが伸びるということも経験したので、頑張るだけが強くなる方法ではないんだな、ということは分かりましたね。休養の大切さ、体を一度回復させてあげることによって、より伸び率が高くなる。その後の吸収もよくなる。これは走ることもそうですし、補強やウエイトトレーニングもそうです。ウエイトトレーニングも、筋肉に刺激を入れて、それを毎日やっていれば伸びるというわけではないんですよね。一度休む時期を設けて筋肉を回復させることによって、さらにレベルを上げることができます。一日おきにするとか、一日やって二日空けてまた行う方が筋肉がつきやすいと言われるように、走りも同じです。休むからこそ回復して、もう一度もっと高いレベルの練習ができるようになるので、休養日をしっかり作ることはすごく大切だと思います。
その休養日が完全休養なのか、それとも軽く体を動かした方が疲れが取れる積極的休養なのかは、それぞれ見極めが必要です。休養日は、より高いレベルを目指していくうえで、とても大切なものだと思います。やっぱり、あえて休む日をつくることも必要なんですよね。
私たちの場合は、月・火・水とハードな練習をしたら木曜日は軽い練習、金・土とハードな練習をしたら日曜日は休養日というように、ある程度計画的に休養日を入れていました。ある程度体に疲労を与えながらトレーニングをしていましたが、それでも私たちは比較的休養日が少ない方だったと思います。
今の選手たちは、ポイント練習を一回行ったら、その後は二日間ほど体を休めるというケースも多いんです。けがを防ぐためにも、以前より回復を重視する考え方が広がっています。
ですから、体を回復させる時間をしっかり確保することはとても大切です。追い込まなければいけない練習の時は、二日間かけてきつい状態をつくった上で、さらにスピード練習を行い、30キロ以降でももう一度仕掛けられるような体をつくるためのセット練習をすることもあります。
ただ、その練習をした後にはしっかり体を休めます。そして回復した時に、それまでやってきた練習を少し楽に乗り越えられるような体になっていくんです。トレーニングによる成長というのは、一直線に右肩上がりで伸びていくというよりも、休養と回復を挟みながら、一段ずつ階段を上がっていくようなイメージですね。

感覚だけでは、速くなれない。
【P】伸びる人と伸び悩む人の違いは何だと思いますか?
【T】これはトップ選手と一般のランナーの方では少し違うと思います。
まず一般のランナーの方で伸び悩む人について言うと、簡単に言えば、時計を使っていない人ですね。
もちろん、時計をしているかどうかという話ではなくて、自分のペースを把握せずに走っている人という意味です。今は気持ちがいいからペースを上げよう、苦しくなったから落とそう、また元気になったから上げよう、というように感覚だけで走っている人は、なかなか伸びにくいと思います。
例えば「4時間を切りたい」とか「3時間を切りたい」という目標があったとします。3時間切りを目指す場合は、平均すると1キロ「4分15秒」前後のペースが必要になります。
でも、スタート直後は元気だからといって「4分15秒」ではなく「3分50秒」くらいで入ってしまう。すると途中で苦しくなってペースを落とし、また元気になったら上げる、という走りになってしまうんですね。
【P】確かに、後半でばててしまうような感じですね。
【T】そうなんです。感情に任せて走ると、どうしてもペースが上がったり下がったりしてしまいます。だからこそ、自分が一番楽に走れるペースはどのくらいなのかをしっかり見極めることが大切です。
どんなに楽でも、今はこのペースで抑えておこう。このペースで42キロを走り切るにはどうすればいいのか。そのためにはどんな練習が必要なのか。そうやって逆算して考えていくことが重要なんです。タイムと自分の感覚がきちんと結び付いていないと、マラソンはなかなか難しいと思います。今の状態はどうなのか、このペースの時に自分はどんな感覚なのか。それを把握できていることが大切なんですね。
だから私は、「これからマラソンを始めたいです」という人には、まず靴と時計を買ってください、と言うんです。やっぱりそれくらい大切なものだと思います。
一方で、トップアスリートになると少し話は変わってきます。
トップ選手の場合は、一番苦しい状況で差が出るんです。体が動かない、つらい、苦しいと思った時に、そこで逃げないこと。そして、自分で限界を決めてしまわないことです。
実は、体よりも先に脳がストップをかけることの方が多いんですよね。「もう無理だ」「これ以上は走れない」と、自分で壁をつくってしまう。そうすると、その先にはなかなか進めません。
苦しい時こそ、自分で壁をつくらずにチャレンジしていくことがすごく大切だと思います 。

心拍数が教えてくれる「見えないカラダの状態」。
【P】成長段階だった頃のトレーニングでは、心拍数を取り入れていたりしましたか?
【T】私たちの時代は、今のように走りながら心拍数を確認できなかったんです。
インターバルが終わった後に心拍数を測って、「今どのくらいだった?」と確認することはありましたけれど、練習中にリアルタイムで見られるわけではなかったので、心拍数とトレーニングを結びつけて考えることはなかなかできませんでした。
だから、今のランナーの方たちはうらやましいなと思いますね。
心拍数が可視化されることで、自分の状態を客観的に把握できます。実際には、「つらい」と感じている主観的な感覚と、体が本当に追い込まれている状態が一致していないことも多いんです。
「今日はすごくきついな」と思っていても、心拍数を見たらまだ余裕があることもありますし、逆に思った以上に負荷がかかっていることもあります。そうやって感覚だけに頼らず、自分の状態を確認できるのは大きなメリットですよね。
私たちの現役時代は、その見極めをしてくれるのが監督やコーチでした。自分では頑張っているつもりでも、「まだいけるぞ」と言われたりして、第三者の目を頼りにしていた部分があったんです。
でも今は、一般ランナーの方でも数字を使って自分の状態を把握したり、練習強度をコントロールしたりすることができます。今日はここまで心拍数を上げようとか、今日は回復の日だから上げすぎないようにしようとか、目的に応じて練習を組み立てることができます。
そういう意味では、心拍数を活用することで、日々の体調管理や計画的なトレーニングを行いやすくなっていますし、自分の状態を知るための大きな助けになると思います。

時計が、あなたのコーチになる。
【P】具体的に、伸びるために心拍数をコントロールする良い方法はありますか?
【T】まずは、自分の今の状態を把握することですね。先ほどもお話ししたように、楽に走れる心拍数はいくつなのか、呼吸が乱れ始めるのはどのくらいなのか、インターバルなどで追い込んだ時の最大心拍数はいくつなのか、レース中はどのくらいの心拍数で走っているのか。そういったことをまず把握することが大切だと思います。
それが分かるようになると、練習に強弱をつけられるようになります。同じような練習をずっと繰り返すのではなく、目的に応じて強度を変えられるようになるとレベルアップに効果的です。
ただ、初心者の方は最初から練習の質を求めなくてもいいと私は思っています。始めたばかりの方が無理に追い込んだり、マラソンは42キロだからといって長い距離ばかり走ろうとしたりすると、けがにつながることが多いんです。
まずは呼吸が乱れない、自分が楽に走れると思えるペースで距離や時間を伸ばしていくことが大切です。人と会話ができるくらいのペースで、最初は10分走って10分歩く。それを繰り返しながら、少しずつ体を動かす時間を長くしていく。
それができるようになって、30分、60分、90分と無理なくジョギングできるようになったら、今度は心拍数を意識しながら少し負荷をかける練習を取り入れていく。インターバルトレーニングを入れてみたり、ジョギングの後半だけ最大心拍数の7~8割程度まで上げてみたり、そうやって練習に強弱をつけることでレベルアップしていけます。
大切なのは、自分の数値を把握した上で、「今日は50%くらいの強度だった」「今日は70%くらいまで追い込めた」というように考えながら練習メニューを組み立てていくことです。
そういう意味では、この時計がコーチのような役割も果たしてくれるんじゃないかなと思います。私自身も、ポラールの時計の心拍数ゾーンが色で表示される機能はとても気にいっています。走りながらでもパッと見ただけで今どのゾーンにいるのかが分かるので、自分の状態を把握しやすいんですよね。感覚だけではなく数字や色でも確認できるので、トレーニング強度をコントロールするのに役立っています。